オペラの世界2 – 〜演奏家インタヴューの通訳〜

Buonasera a tutti!

今日は「オペラの世界」の新しいコーナーで音楽ライターの河野典子さんにあまり注目されない部分を紹介してもらいます。

お楽しみください。

 

〜演奏家インタヴューの通訳〜

イタリア語を使って来日演奏家のインタヴューをする場合、やはりその対象はオペラ歌手がもっとも多くなります。私自身、基本的には声楽関係あるいは指揮者でもオペラを振りに来日されたケースにおいてのみインタヴューをお引き受けすることにしています。しかし時には、空いているイタリア語通訳者が見つからないという理由で、指揮者はもちろん、器楽の演奏家の通訳に駆り出されることもあり、そんなときは(いつにも増して、かつ、付け焼き刃の)準備に大わらわとなります。

オペラのタイトルでも、たとえば日本では《椿姫》として知られるヴェルディのオペラの原題が《La Traviata》(ラ・トラヴィアータ:道を踏み外した女)であるように、質問者の話す日本語のタイトルが、イタリアではどう呼ばれているのかを知らなければ、こちらは先方に「どの曲の話をしているのか」をまずお伝えすることすらできないのです。イタリア・オペラであれば、その多くの原語のタイトルはなんとかわかりますが、たとえばドイツ・オペラの有名なワーグナーの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》は、イタリア語になると《I maestri cantori di Norimberga》(イ・マエストリ・カントーリ・ディ・ノリンベルガ)となります。事前に調べているときであれば「なるほどね…、ニュルンベルクはノリンベルガになるのね」などと感心する余裕もありますが、通訳の最中に突如出て来たときには、せめてドイツ語の原題である 《Die Meistersinger von Nürnberg》が口をついて出てこなければ万事休すとなります。それが交響曲、器楽曲の話ともなればなおのこと、冷や汗をかくぐらいでは済まされません。通訳を本業としていらっしゃる方々の知識量と日々の努力にはただただ敬服するばかりです。

ご縁があって何度か拙い通訳をさせていただいた弦楽器奏者のBさんは、質問する批評家が、自身のBさんの演奏に対する感想を滔々と述べられているのを私が冷や汗をかきながら訳していると、手元にあった雑誌から目を離すこともなく「彼の僕の演奏に関する感想を聞いてもしょうがない。質問になったら訳せ」とおっしゃりながら知らぬふりでページをめくられています。やっと(笑)質問にたどり着いたのでその内容を伝えると、彼はやおら話し始めました。ところが!その答えが質問に負けじと文学的で、かつ長いのです。なんとかして話を遮って日本語に訳そうとしても彼は構わず話を続けます。私にとっては、とてつもなく長い時間が経過していきます。業を煮やした私が「お願いだから訳させて!」と頼んだ(ほとんど泣きついた)ところ、表情一つ変えず、こちらを見るでもなく「お前なら訳せる。最後まで行くぞ!」とにべもなく却下。話はその後10分近く続きました。あとからそのときの録音テープを聞き直したところ“奇跡的”に訳した内容の大意は間違ってはおりませんでしたが、寿命が縮む思いでした。

これまで何百回とインタヴューを受けていらしたに違いない、とある超ヴェテランの指揮者は、やはり批評家の持論の展開を私が必死になんとかして通訳しようと試みていると、表情一つ変えず、私の方を見るでもなく批評家の顔を見つめたままで、小声でこう言われたのです。「シニョーラ、訳さなくてもいい。彼の考え方に興味はない。質問になったらそれだけを訳してくれればいいから」。こちらも下を向いてメモをとりながら小声でマエストロに「でも黙っていたら私が仕事をしていないと思われます」とお伝えしました。「ならばこうしよう。昨日は何を食べたかね?イタリア語はどこで勉強したんだ?イタリアでの先生は誰だったんだ?ああ、彼女の結婚式に僕は出席したよ…。僕に話しかけてさえいればいいんだから、構わないから君の好きな話をしなさい」と助け舟を出して下さったのでした。(しかし、通訳をするふりをしながらフリートークをしろ、というのも私にとってはイタリア語の口頭試問を受けているようでしたが…。笑)

自戒の意味を含めてですが、日本の批評家や記者の質問は大変回りくどく、持論を展開し尽くして、質問らしい質問もなく話し終わってしまう方が時々いらっしゃいます。記者会見などで、通訳さんが「すみません、ご質問はなんでしょうか?」と聞き返すことがあります。当該の質問者はムッとした顔をされますが、私は通訳さんへの同情を禁じ得ません。

こちらは実名を出させていただいてもよいと思うのですが、ヴァイオリニストのジュリアーノ・カルミニョーラ(Giuliano Carmignola)さんの通訳を仰せつかった折のことです。このときには数時間にわたり何本かのインタヴューが続きました。そのうちのおひとりは、実に的を射た簡潔な質問をされる方で、カルミニョーラさんも熱心に答えていらっしゃいました。話がバロックと現代の弓の違いになったときのことです。弦楽器に全く疎い私が内心「さて、困った、たとえ直訳はできても、いったいどういう違いなのか、私には実物のイメージがつかめない…」と思いながら訳しておりますと、カルミニョーラさんはその質問にスラスラと答えながら、万年筆をポケットから取り出すとテーブルの上にあったメモ用紙になにやら書き始められたのです。そしてそれをスッと私に渡して下さいました。開いてみたところ、そこには2種類の弓の絵が描いてあり、どこがどう違うかをきちんと説明して下さってありました。おかげで彼の言わんとしたことを適切に日本語で伝えさせていただくことができたと思っております。インタヴュー終了後に「なぜ私が弓のことがわからないと気付かれたのですか?」と伺ったところ「うん、お前の顔色が悪くなったから(笑)」と言われました。私が赤面したのは言うまでもありません。そのデッサンはいまでも大切な私の宝物です。

こんなふうにイタリア人特有の温かい方々に助けられた経験は、これまで山のようにあります。

では、このつづきはまたの機会に。

河野典子

 

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Filed under: オペラの世界 — イタリア文化会館 東京 15:31  Comments (0)
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