オペラの世界6 インタヴューで垣間見たアーティストの素顔(1)

Buongiorno a tutti!

今日は好評連載中のオペラブログ第6弾をお送りします。
日本にも深い縁のあるテノール歌手ジュゼッペ・ジャコミーニ氏についての心温まる素敵なエピソードです。Buona lettura!

*****************************************
今回から3回ほど、アーティストたちの舞台ではなく、インタヴューの時や雑談で垣間見せた彼らの素顔を書いてみることにします。

ジュゼッペ・ジャコミーニ(T)
ジュゼッペ・ジャコミーニ(Giuseppe Giacominiは1940年生まれ。日本には1989年以降、藤原歌劇団《アイーダ》《ノルマ》《運命の力》《アンドレア・シェニエ》、新国立劇場《道化師》《蝶々夫人》、フィレンツェ歌劇場来日公演《アイーダ》などのオペラ公演、2006年にはデビュー40周年リサイタル(東京芸術劇場)、09年ニューイヤー・オペラパレス・ガラ(新国立劇場)などに出演。骨太なテノーレ・ドランマーティコ、テノール・ロブストと呼ばれる力強い声と端正な歌で聴衆を魅了してきた。


インタヴュー中に起こった思わぬ事態
ジャコミーニさんとは、何度かお話しする機会がありました。いつもとても穏やかで、どちらかというとシャイな方で、質問にも淡々とした、けれど優しい口調で答えてくださいました。一つ質問を投げかけるとどこまでも脱線して面白い話を続けてくれるようなタイプではなく、訊かれたことに対して、一つ一つ丁寧に真摯に答えてくださる、そんな方でした。

彼との思い出で一番大きいのは、私が稚拙ながら通訳として入っていた雑誌の鼎談で起きた予期せぬ事態の時のことです。もうお亡くなりになられましたが、インタヴュアーのお一人でいらした日本の音楽評論家の方が、ジャコミーニさんとのお約束ということで、体調がお悪いのに無理を押して予定通り鼎談が行われました。評論家の方が脂汗をかきつつやっとのことで鼎談が終了した時には、彼はもう立ち上がるのも難しい状態になり、救急車を呼ぶ事態になりました。その先生が苦しそうな呼吸の中で私に「マエストロに先にお帰りいただいて・・・」とまずおっしゃり、ジャコミーニさんに迷惑をかけまいと気を遣っておいでだったことを思い出します。

慌てず騒がずその場にいて下さったマエストロ
私が気が動転したままで、ジャコミーニさんに「ありがとうございました。どうぞお先に・・・」と申し上げた時、ジャコミーニさんはきっぱりと「私のことはいい。まず彼の面倒を見てあげなさい。」とおっしゃり、部屋の隅にマネージャーの方とお二人で静かに立たれたままで「ベルトを緩めて差し上げなさい。」「首元のボタンを外して緩めてあげなさい。」と冷静に私に指示をしてくださいました。応急処置の知識のある劇場の当時の広報担当者が的確に対応して下さる中で、私たちは救急隊の到着を待ちました。その間にも評論家の方は、苦しい呼吸の中で「マエストロはお帰りになられたか?」と私にお尋ねになるのです。私が評論家の先生の視線に入らない位置で立っておられるジャコミーニさんを見上げたとき、日本語がお判りなるはずもないマエストロが、静かに首を小さく横に振られて「言うな」という仕草をされたのです。「お帰りになられました」とお伝えすると先生はほっとなさっておられました。

それから救急隊が到着し、応急処置をして部屋から担架が運び出されるまで、20分近くかかったと思います。その間ジャコミーニさんは、マネージャーさんとふたり、(そんな時にこんなことを思ったというのは、なんとも不謹慎なのですが)この上なく美しい立ち姿で、まるで舞台の上で燕尾を着て立っておられるように、すっくと立ち、微動だにせず様子を見守っていてくださいました。

救急隊が出発し、嵐が去った後のように静かになった部屋の中で「マエストロ、ありがとうございました。申し訳ございませんでした。でも私はマエストロが見守ってくださっていたことがどれほど心強かったかわかりません。」と申し上げたとき、ジャコミーニさんはいつもと同じ穏やかな口調で「よかった。あとは彼が無事回復してくれることを僕は心から祈っているからね。彼に大事にするように伝えてください。」とおっしゃり、何事もなかったように静かに部屋を出られました。エレベーター前までお見送りすると「帰り道はわかるから大丈夫だよ。あなたも大変だったね。」と労ってくださり、帰って行かれました。


それからも気にかけていて下さったマエストロ

その後、評論家の体調も回復、無事退院された時にもマネージャーさんを通じて退院されたことをマエストロにお伝えしましたが、その翌年でしたか、再度来日された折のインタヴューで開口一番マエストロから「彼はその後どうしている?」と聞いてくださいました。ずっと気にかけていて下さったとのことで、その時は評論家の先生も日常生活に戻っておられましたのでそれをお伝えすると、「ああ、それはよかった。」と安心して下さったマエストロの優しいお顔を今でも思い出します。

数年前にマエストロご自身が倒れられ一時期は生命の危険もあったとのこと。今も療養生活を続けられながら、最近では病状も随分落ち着かれたと伺っております。マエストロの1日も早いご快癒をお祈りするばかりです。

河野典子


Giuseppe Giacomini

〈河野典子プロフィール〉
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。1982〜89年在伊。帰国後音楽評論家としてイタリア・オペラを主とした公演批評、来日アーティストのインタヴューなどを「音楽の友」「GRAND OPERA」などの各誌に執筆するほか、来日アーティストのプログラム執筆やCDライナー・ノーツの翻訳、NHK BS〈クラシック倶楽部〉の歌詞字幕などを担当。

2010年、東京都主催〈Music Weeks in Tokyo2010オープニング・シンポジウム〉(東京文化会館・小ホール)の司会を務めたほか、13年からはWOWOWのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演番組〈メトロポリタン・オペラ〉に解説者として出演、また番組監修も務めている。若手の育成や録音・コンサートのプロデューサーとして現役歌手のサポートにも積極的に取り組んでいる。共著に『オペラ・ハイライト25』(学研)。2017年3月、イタリア・オペラ58作品の「あらすじ」や「聴きどころ」を詳説した『イタリア・オペラ・ガイド』(発行フリースペース、発売星雲社, 2017)を出版。またNHKFM「オペラ・ファンタスティカ」でも案内役を務めている。

〈過去のブログ〉
オペラの世界5~「ベルカント」とは何でしょうか≪2≫~
オペラの世界4~「ベルカント」とは何でしょうか~
オペラの世界3~マエストロ ファビオ・ルイージ~
オペラの世界2~演奏家インタヴューの通訳~
オペラの世界1~アッバードとの稽古は「芸術を創り上げる喜びの時」でした~

Share (facebook)
Filed under: オペラの世界 — イタリア文化会館 東京 11:22  Comments (0)
トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

コメントはまだありません »

No comments yet.

Leave a comment





2018年1月
« 12月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031