ちょっぴりイタリア・オペラ〜ヴェルディ《ナブコドノゾル》

ヴェルディ《ナブコドノゾル》第3幕よりヘブライの奴隷たちの合唱 「行け、想いよ、黄金の翼に乗って」

Verdi NABUCODONOSOR (NABUCCO) Atto terzo Coro di schiavi Ebrei “Va, pensiero, sull’ali dorate”

1842年初演当時の台本

世界中がコロナウイルスに苦しんでいます。

ご存知のようにイタリアは、大変な苦難の中にあります。

そこで今回は、アリアではなくイタリア人にもっとも愛されているオペラ合唱曲と言っていい《ナブコドノゾル》(ナブッコ)第3幕の「行け、想いよ、黄金の翼に乗って」をご紹介します。

旧約聖書に題材を得たこのオペラの主役、ナブコドノゾルは日本ではネブカドザネル2世(NebuchadozanzzarⅡ)と呼ばれるバビロンの王。彼はエルサレムからヘブライ人たちを捕らえてバビロンに強制的に連行してきた「バビロン捕囚」で知られています。この合唱曲はユーフラテス川の川辺で、ヘブライ人たちが、懐かしい故郷を思って歌うもの。愛国心を歌うものとしてイタリア人に愛されています。

「 行け、想いよ」合唱部分冒頭

イタリアとイタリアの人々が、この苦難を無事に乗り越えてくれるようにとの願いを込めて。

“Va, pensiero, sull’ali dorate;
Va, ti posa sui clivi, sui colli,

行け、想いよ、黄金の翼に乗って行け、
斜面や丘でその翼を休めながら

Ove olezzano tepide e molli
L’aure dolci del suolo natal!

温暖で、とてもいい薫りの
生まれ故郷の優しいそよ風のもとへ

Del Giordano le rive saluta,
Di Sïonne le torri atterrate

ヨルダンの川岸によろしく言っておくれ
壊されたシオンの塔の数々にも

Oh mia patria sì bella e perduta!
Oh membranza sì cara e fatal!

ああ美しく、そして失われた我が祖国よ!
いとおしく、そしてつらい思い出よ!

Arpa d’ôr dei fatidici vati,
Perché muta dal salice pendi?

運命の予言者たちの金の琴よ
なぜ柳の木に掛けられて黙っているのだ

Le memorie nel petto raccendi,
Ci favella del tempo che fu!

我々の記憶再び燃え上がらせ
我々の(幸せな)日々のことを語っておくれ

O simìle di Solima ai fati
Traggi un suono di crudo lamento,

あるいはエルサレムの運命の記憶の
つらい嘆きを奏でておくれ

O t’ispiri il Signore un concento
Che ne infonda al patire virtù……

さもなくば、この苦難に耐える力を与える
主の温かいお言葉を……

(河野典子)

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ちょっぴりイタリア・オペラ〜有名なアリアの内容を知ろう カタラーニ《ラ・ワリー》

カタラーニ《ラ・ワリー》第1幕でワリーが歌うアリア「ならば?私は遠くへいきましょう」〈さようなら、故郷の家よ〉

Alfredo Catalani LA WALLY  Atto primo “Ebben?… Ne andrò lontana” (Wally)

《ラ・ワリーLA WALLY》 のピアノ楽譜の表紙

オペラ《ラ・ワリーLA WALLY》はアルフレード・カタラーニAlfredo Catalani(1854-93)作曲の全4幕のオペラ。現在では公演されることがほとんどないが、この《ラ・ワリー》は1892年ミラノ・スカラ座における初演時には大成功を収めたという。現在ではこのアリアだけが頻繁に演奏される。

このオペラの舞台となっているのは1800年頃のスイス・チロル地方。

地主シュトロミンガー(Bs)の娘、ワリーは、狩人のハーゲンバッハ(T)に恋している。しかし父は執事のゲルナー(Br)と娘が結婚することを望んでいる。その結婚話を拒否した娘に、父は「家から出て行け!」と言う。それを受けて歌われるのが、この〈さようなら、故郷の家よ〉である。

この物語はこの後ワリー、ハーゲンバッハ、アフラ(Ms)、ゲルナーの恋心が交錯し、ワリーの気を惹きたいゲルナーが、ハーゲンバッハを橋から突き落とす。ワリーが助けに走り、ハーゲンバッハは一命を取り留める。アフラを愛していたはずのハーゲンバッハだが、自分の本当の気持ちに気づき、ワリーに愛を告白する。雪山でふたりが固く抱き合ったとき、雪崩が起きてハーゲンバッハは巻き込まれ谷底に落ちていく。ワリーがいくら呼んでもハーゲンバッハの返事はない。絶望したワリーが自ら谷底へと身を投げて、このオペラは終わる。

アルフレード・カタラーニ

Ebben?… Ne andrò lontana,

ならば?…私は遠くに行きましょう

come va l’eco della pia campana

聖なる鐘がこだましていくように

là, fra la neve bianca; là fra le nubi d’ôr;

あの白い雪の中に、金色の雲の間に

laddove la speranza è rimpianto, è dolor!

そこで望めるのは、悔恨、そして苦悩!

O della madre mia casa gioconda,

ああ、幸せだった私の母なる家よ

la Wally ne andrà da te, da te lontana assai,

ワリーはお前から、お前から遥か遠くへ行くでしょう

e forse a te non farà mai più ritorno,

そして多分お前のもとには二度と戻らないでしょう

ne più a rivedrai! mai più, mai più.

ワリーを二度と見ることはないでしょう!けっして

Ne andrò sola e lontana………ecc.

私はひとりで、遠くへ行くでしょう…… etc.

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ちょっぴりイタリア・オペラ〜有名なアリアの内容を知ろう ヴェルディ作曲《ドン・カルロ》

第4幕*でフィリッポ2世が歌うアリア「彼女は私を愛したことがない」
Verdi DON CARLO atto quarto* “Ella giammai m’amò”
*5幕版の場合。4幕版では第3幕となる。

1867年パリ初演時のポスター

スペインのフェリペ2世の息子、ドン・カルロスをタイトルロールに据えたヴェルディのオペラのことを日本では一般的に、最初にヴェルディが作曲したフランス語版を《ドン・カルロス》、イタリア語に翻訳されたものを《ドン・カルロ》とすることが多いが、実際のところ、その呼び方は混在している。今回はイタリア語版を取り上げるので本文中の役名はイタリア語版に沿うことにする。

このオペラには5幕版と4幕版がある。ざっくり言ってしまえば、王子カルロが、まだ見ぬ婚約者エリザベッタの顔を見に行き、森で出会う場面から始まるのが5幕版。それはバッサリとカットして、すでに彼女がカルロの父、フィリッポ2世と政略結婚させられて、すでに数年経たところからスタートするのが4幕版となる。

フェリペ2世

絶大な権力を誇っていたそのフィリッポ2世が、夜明け間近の書斎で、眠れないままに、若き妻エリザベッタが「彼女は私のことを愛したことがない」と嘆き、権力者の孤独と悲哀をしみじみと語るのがこのアリア。5幕版での第4幕(4幕版では第3幕)冒頭に置かれるフィリッポのドラマティックなこのアリアは、ヴェルディのオペラにおけるバスを代表するアリアのひとつで、「自分に安らかな眠りが訪れるのは、死を迎えた時だけだろう」と語る。

エリザベート・ド・ヴァロワ

ところで、このフィリッポ2世という役を演じるには大人の色気を要する。この後の場面で登場する老齢の宗教裁判長に、カトリックの長である王として、新教への(つまりは父に反目する息子カルロにも)もっと厳正な処分を求められるなど、多くの問題を抱えている。(史実では彼は息子の婚約者であったフランス王アンリ2世の娘エリザベートを政略結婚で自分の妻にしたのは32歳。相手は10代半ばである。年齢の離れた妻が、自分に心を開かないのは致し方ない。)絶対君主として16世紀のスペインに君臨した王の孤独を、フィリッポ役のバス歌手は、このアリア一曲で表現せねばならない。なぜならここ以外の場面では、フィリッポはあくまで王としての「表の顔」で存在し、ここだけがひとりの男として弱みを見せる場面となる。史実を鑑みれば、ドン・カルロスが亡くなった時、フェリペ2世は41歳。72歳まで生きたこの王にとっては壮年期ではあるものの、国王としての日々の苦悩が、歌詞にあるような白髪の混ざった老成感を醸し出していたと考えるのが妥当だろう。

ドン・カルロ

なお史実のエリザベートは、フェリペ2世との間に2女をもうけたが、ドン・カルロスが亡くなった数ヶ月後に、彼女も病気でこの世を去っている。

また、歌詞に出てくるエスコリアル(現エル・エスコリアル修道院)は、フィリッポ2世自身が建設させたもので、実際、その中にある王家の墓所に、彼自身が眠っている。

ドイツではこの役は、バス・バリトン(バッソ・バリートノ:basso = baritono)が手掛けるとも聞くが、イタリアでは普通にバス(バッソ:basso)が歌う。それはイタリア人のバスの声というのが、柔らかく明るめのバッソ・カンタンテ:basso cantante がほとんどで、ドイツ人のように大柄な体格で、筋力も強く、もっと音域が低くて深く強いバスの声(いわゆるバッソ・プロフォンド:basso profondo)があまり存在しないことにも起因する。少なくとも18世紀までのイタリア・オペラにおけるバスの役は、こうしたカンタービレを歌える、柔らかな声のために書かれたものがほとんどである。

Ella giammai m’amò!…
Quel core chiuso è a me,
amor per me non ha!…

彼女は決して私を愛したことはない!
彼女は心を私に閉ざして
私への愛など持ってはいないのだ!

Io la rivedo ancor contemplar trista in volto
il mio crin bianco il dì che qui di Francia venne.
No, amor non ha per me!…

私には今もあの時の、彼女がフランスから来た日の私の
白髪に目にした時の彼女の悲しげな顔が
目に浮かぶのだ!
そうだ、彼女は私に愛を抱いたことなどないのだ!

Ove son?… Quei doppier!…
Presso a finir!…
L’aurora imbianca il mio veron!

私はどこにいるのだ? 
ロウソクの炎が燃え尽きようとしている!
部屋のヴェランダが暁に白み始めている!

Già spunta il dì. Passar veggo i miei giorni lenti!
Il sonno, oh Dio! sparì dagli occhi miei languenti!

再び一日が始まる。私の遅々として進まない日々が過ぎていく!
眠りも、ああ神よ、私の疲れ切った目から消え去ってしまった!

Dormirò sol nel manto mio regal
quando la mia giornata è giunta a sera,

私は王のマントに包まれて、ひとり眠るだろう
私の人生という一日が、黄昏を迎えたときに

dormirò sol sotto la vôlta nera
là, nell’avello dell’Escurïal.

私は眠るだろう、あのエスコリアルの
丸天井の下の暗い霊廟の中で

Ah! se il serto real a me desse il poter
di leggere nei cor, che Dio può sol veder!…

ああ、もしも王冠が私に、神だけが持つ
人の心を読む力を与えてくれたなら!

Se dorme il prence, veglia il traditor.
Il serto perde il Re, il consorte l’onor.

王子が眠っていても、裏切り者は目覚めている
冠は王を、夫を、名誉を失うのだ

Dormirò sol nel manto mio regal・・・

私は王のマントに包まれて、ひとり眠るだろう・・・

                (文・抄訳:河野典子)

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Filed under: オペラの世界 — イタリア文化会館東京 11:29

ちょっぴりイタリアオペラ〜有名なアリアの内容を知ろう ヴェルディ作曲《運命の力》

第4幕でレオノーラが歌うアリア「神よ、平和を与えたまえ」
Verdi LA FORZA DEL DESTINO atto quarto “Pace, pace, mio Dio” (Leonora)

アレクサンドル・シャルル・ルコック による
《運命の力》のポスター

ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi, 1813-1891)作曲のオペラ《運命の力 LA FORZA DEL DESTINO》は、18世紀中頃のスペインが舞台。このアリアはセビリャのカラトラーヴァ侯爵(Bs)の娘レオノーラ(S)によって歌われる。

彼女は父親に結婚を反対されて、恋人でインカ帝国の血を引くアルヴァーロ(T)と駆け落ちしようとする。ところがそれが父に見つかり、アルヴァーロが差し出したピストルが暴発して不本意にも父を殺してしまう。そこからふたりの〈運命〉が狂いだす。父の復讐に燃えるレオノーラの兄カルロ(Br)が、逃げるふたりを執拗に追い続ける。

このアリア「神よ、平和を与えたまえ」が歌われるのは、オペラの終幕。男装して修道院の岩山の洞窟で修行僧として過ごし死を願うレオノーラが、逃げ惑う中ではぐれてしまったアルヴァーロを思いながら、自らの運命を嘆く。

このあと偶然彼女が籠る洞窟がある修道院で修道士になっていたアルヴァーロ(これも〈運命〉)と、彼を執念で見つけ出したカルロが決闘になり、カルロが瀕死の重傷を負う。助けを求める声に洞窟から出たレオノーラが、彼らと再会する。カルロが死の間際に妹を刺殺して父の復讐を果たし、アルヴァーロがこの過酷な〈運命〉を呪う。それをグアルディアーノ神父(Bs)が諫めるところで、この物語は終わる。筋書きに相当な強引さはあるものの、これが〈運命〉というものの力だ、というわけである。ちなみに初演版では、アルヴァーロも断崖から身を投げて死ぬことになっていた。(修道士が自殺するというのは赦されない行為であり、それが 検閲にかかって 結末が書き換えられた。)

ホセ・マルドーネス(グアルディアーノ神父)、 エンリコ・カルーソー(アルヴァーロ) 、 ローザ・ポンセル (レオノーラ)

「序曲」は、オーケストラのコンサートで単独で採り上げられることも多い。そこには、アルヴァーロのアリア「天使の胸に抱かれている君よ」、レオノーラの第2幕のアリア「慈悲深いマリア様!」、レオノーラとグアルディアーノ神父との壮大な二重唱など、このオペラの聴きどころであるメロディが網羅されている。

これだけ聴きごたえのある曲が数多くあるオペラなのに上演される機会が少ないのは、この物語の救いようのない暗さに加え、なにより主要なキャストに重さと強さを持つ立派な声の歌手をずらりと揃えなければならないことが理由にある。レオノーラにもこのアリアの他に大きなアリアがふたつあり、それらのアリアの方がこのアリアよりもずっと歌うのも表現するのも難しいが、有名なのは、最も短いこの最後のアリアである。実は、オクターヴの跳躍が繰り返されるこの最後のアリアだけを歌うことはさほど難しくなく、いろいろな声のソプラノがコンサートで歌う。だが、この役を本当に歌い通せるような声のソプラノは、世界中を見回しても極めて少ない。役に適さない軽い声のソプラノがこの役を歌い通そうとすれば、声を壊すこと間違いなし。ヴェルディの作品は「役が声を選ぶ」と言われるが、それは聴く側だけではなく、歌う側にとっても真実なのである。

ジュゼッペ・ヴェルディ

Pace, pace, pace, mio Dio, pace, mio Dio!

平穏を、神様!平穏をお与えください!

Cruda sventura m’astringe, ahimè, a languir;
come il dì primo da tant’anni dura
profondo il mio soffrir.

過酷な不幸が私を締め付け、ああ、私を弱らせる
長年続く深い苦しみが、あの日と同じように私を苦しめる

Pace, pace mio Dio!

平穏をお与えください、神様!

L’amai, gli è ver!
Ma di beltà e valore cotanto Iddio l’orno,
che l’amo ancor, né togliermi dal core l’immagin sua saprò.

彼を愛したこと、それは本当です!
でも彼の美しさや多いなる勇敢さは、神が彼に与えたもの
私は今も彼を愛しています、彼の面影を心から消すことなどできません

Fatalità! fatalità!

避けることのできない宿命なのです!宿命!

Un delitto dìsgiunti n’ha quaggiù!
Alvaro, io t’amo,
e su nel cielo è scritto!
non ti vedrò mai più!

ひとつの過ちが、この世で私たちを引き裂いたのです!
アルヴァーロ、あなたを愛しています。
そして天には、こう書かれているのです!
二度とあなたに会うことは叶わない、と!

Oh, Dio, Dio, fa ch’io muoia;
chè la calma può darmi morte sol.
Invan la pace qui sperò quest’alma
In preda a tanto, a tanto duol,
in mezzo a tanto, a tanto duol.
Invan la pace quest’alma, invan sperò!

ああ、神よ、神よ、どうか死なせてください
死だけが、私に安らぎを与えるのです
この魂に平穏を願うのは無駄なことなのです
大きな苦しみに苛まれた
苦しみの中に埋もれたこの魂に
平穏を願うのは、望むだけ無為なことなのです!
(洞穴の入り口に置かれたパンを見つけて)

Misero pane a prolungarmi vieni la sconsolata vita.

哀れなパンはこの何の慰めもない私の命をながらえるためにあるのね

Ma chi giunge?
Chi profanare ardisce il sacro loco?
Maledizione!

誰かがやってくる?
この神聖なる場所を冒涜しようとする恥知らずがいるのか?
呪われよ!

               (文・抄訳:河野典子)

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Filed under: オペラの世界 — イタリア文化会館東京 14:04

ちょっぴりイタリア・オペラ〜有名なアリアの内容を知ろう プッチーニ作曲 オペラ《トゥーランドット》

トゥーランドットのポスター(1926年)

第3幕でカラフが歌う「誰も寝てはならぬ」
Puccini TURANDOT atto terzo “Nessun dorma” (Calaf)

フィギュアスケートの荒川静香さんが競技で使用したり、トリノ・オリンピックの開会式で、故ルチアーノ・パヴァロッティも歌ったこのアリアは、その後もテレビCMなどでも度々使用されて、オペラファンならずとも、よく知られたメロディとなりました。

ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini:1858-1924)の最後のオペラとなったこの作品は、架空の時代の北京を舞台にしています。絶世の美人で、氷のような残酷な姫とも称されるトゥーランドット姫は、彼女に求婚する外国の王子たちに「3つの謎」を出します。その「3つの謎」が解ければ、求婚者は彼女を娶ることができるますが、解けなければ求婚者は首を撥ねられることを条件にしており、すでに何人もの王子がその命を落としています。

ジャコモ・プッチーニ

国を追われたダッタン前王ティムールの息子カラフも、トゥーランドット姫の美しさに魅せられて名乗りをあげ、このオペラの第2幕で見事に「3つの謎」を解きます。その思わぬ結果を嘆く姫に対してカラフは「あなたが明日の夜明けまでに私の名を知ることができたら、私は喜んで死のう」と言います。その言葉にトゥーランドット姫は、「あの見知らぬ王子の名前が分かるまで、今夜北京の民は誰も寝てはならぬ」と命令します。

第3幕の冒頭、舞台は宮殿の庭。遠くで役人たちが「誰も寝てはならぬ!Nessun dorma!」と声を上げているのがカラフの耳に届きます。そのフレーズを受けて歌われるのがこのアリアで、彼は自分の勝利を確信しています。

ところでプッチーニは、この第3幕途中、カラフの名前を知るティムールに付き添ってきた奴隷リュウが、拷問によって自分がカラフの名前を口にすることを恐れて自害するところまでを作曲して、癌の手術後の心臓発作で亡くなっています。

一般的にはフランコ・アルファーノ(Franco Alfano, 1875-1954)のもの(公演では、主にその短縮版)が演奏されますが、その他にもルチアーノ・ベリオ(Luciano Berio, 1925-2003)ほか複数の作曲家が、プッチーニが作曲し残した部分を作曲して、オペラを完結させています。

この作品の初演初日(1926年4月25日:ミラノ・スカラ座)、プッチーニの友人でもあった指揮者アルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini, 1867-1957)は、リュウの死まで演奏して「ここでプッチーニは亡くなりました」と言って指揮棒を置きました。

アルトゥーロ・トスカニーニ

Nessun dorma! Nessun dorma!
Tu pure, o Principessa, nella tua fredda stanza
guardi le stelle che tremano d’amore e di speranza!

誰も寝てはならぬ! 誰も寝てはならぬ!
皇女様あなたとて、あなたの冷え切った部屋の中で
愛と希望に瞬く星を見上げているのであろう

Ma il mio mistero è chiuso in me,
il nome mio nessun saprà!
No, sulla tua bocca lo dirò,
quando la luce splenderà!

しかし、私の秘密は私の中だけにあり、
私の名は誰にも知り得まい!
いや、あなたの唇にそれを私が告げよう
夜明けの光が輝くときに!

Ed il mio bacio scioglierà
il silenzio che ti fa mia!

私の口づけが沈黙を解き放つだろう、
あなたを私のものにする沈黙を!

Dilegua, o notte!
Tramontate, stelle!
All’alba vincerò!
Vincerò!

消えるのだ、おお夜よ! 
地平に沈むのだ、星たちよ!
暁に、私は勝利するだろう!
勝利するだろう!

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Filed under: オペラの世界 — イタリア文化会館東京 14:41

オペラの世界12 「息を支える」L’appoggioとはなにか

Buongiorno a tutti!

音楽評論家河野典子さんによるオペラブログ、好評につき追加の第12弾をお届けします!
Buona lettura a tutti!

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音にすることよりも息が先行する

オペラ歌手だけではなく、イタリア語を学ぶ日本人の方々にも共通することですが、日本語とイタリア語を発音する上でのもっとも大きな違いは、イタリア語では言葉を喋るときに「まず息が先行する」ということです。
これをオペラを学ぶ学生に言うと、発音し始める前に息漏れをさせるのが息が先行するものだと勘違いすることがよくあるのですが、そうではありません。
日本語というのは、喉だけで喋ることができる言語です。ですから声を使う職業の方以外は、普段日本語を喋るのに身体を使うという意識を持っている人は少ないでしょう。
喋り始める直前にまず腹筋、横隔膜を使って、肺に満ちている空気を息として送り出すことを意識的にやってみると、下から送られた声によって声帯が鳴って声が出るということが実感できます。言葉を先に言おうとして上から抑え込んで発音するのではなく、息が自由に進みたい方向に行かせてやる。頭の中に言うべき母音あるいは子音+母音を思い浮かべておくだけで、あとは息に任せてやるのです。それでも言葉は発音できるのです。

イタリア人は横隔膜から声を出す

イタリア人がイタリア語を喋るときは、概ねこの状態ですので、お腹(横隔膜)がよく動きます。もし身近にイタリア人のイタリア語の先生がいらしたら、是非彼らが喋るときに、お腹のあたりを触らせてもらってください。横隔膜周辺がしっかり上下して動いています。その上で自分が日本語を喋るときにご自分のお腹を触ってみてください。たぶんほとんど動いていないはずです。イタリア語という言語がいかに深い息で身体を使って話す言語であるかということがおわかりいただけるかと思います。
その基本的な違いが理解されないまま、日本人がオペラを歌おうとすると、まず母音が飛んで行きません。母音が飛んでいかなければ、劇場に声が響き渡ることもありません。それゆえに日本人の歌手にありがちなのは、遠くに声を届かせようとするがばかりに、いわゆる「声を押す」、力で押し出す方式をとってしまうことです。これは喉に負担がかかるばかりか、歌っている歌詞も平板になり、いわゆる仮名書きのイタリア語になります。イタリア語のイントネーション、アクセントは声帯を強く合わせることではなく、息によってコントロールされるものなので、強く言うことではその役目を果たすことができません。息が走らなければ歌うイタリア語はイタリア語になり得ないのです。(もちろん対訳を楽譜に書き写して、それを見ながら、なんとなく意味がわかっているつもりで歌っている歌手は論外です。)
イタリアに行ってイタリア人でいっぱいのピッツェリアにでも入って食事をすると、周囲のテーブルのイタリア人たちのお喋りのその賑やかさといったら!彼らの声でレストラン中が満たされて、ワンワン響いています。でも大きな声でしゃべり続けて、声が枯れたイタリア人っていないと思いませんか?日本人がそれをやるとてきめん翌日はガラガラ声です。そこがお腹から喋っているか、喉で喋っているかの違いなのです。

L’appoggioとは上半身に力が入ることではない

「お腹を使う」、「息を支える」ということを声楽のレッスンではよく耳にします。「息を支える」というのも実に抽象的な言い方ですが、要は身体全体を使って呼吸のコントロールをキープすることを意味します。そしてそれはイタリア人の歌手であっても、そのやり方は千差万別。お腹を引っこめろという人、逆にお腹をパンパンに張り出せ、という人、柔らかくしろ、固くしろ・・・などなど。こればかりは個体差がありすぎて一概にどれが正しいと言うことはできません。力が入れば、肩や背中に力が入ってガチガチになり上半身が固まってしまい、肺呼吸の許容量を小さくしてしまいます。それは息を支えているとは呼べません。体が硬直していれば声も硬くなります。必要なのは、歌い始めで喉からスタートするのではなく、横隔膜が何十分の1秒声を出すことより早く反応して、息を送り出していること。その息で喋り(歌い)始めることなのです。その先に喉を下げることや、口の開け方といったことが続いていくのです。腹筋や背筋は息の出る量をコントロールするために作用します。
まず日本人の声楽を勉強する人や教える側が意識した方がいいのは、私たちは母語の関係で、放っておくとどんどん息が浅くなり、胸で歌いやすくなるということです。あくまで腹式呼吸で、息を自由に遠くに行かせて、たっぷりと歌えるのか。その息の支え方L’appoggioは、歌手それぞれが自分に合った方法を見出すしかありません。声楽の先生自身が実践してうまくいっている方法がお弟子さんにもうまく合致すればいいのですが、必ずしもそうではないので、歌手はそれぞれがいろいろな歌手の呼吸法を調べたり、また自分で創意工夫しながら、自分にとって肩や上半身に力が入らずに、息を支える方法はどういうものかを自分で見出す必要があるのです。

 

〈河野典子プロフィール〉
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。1982〜89年在伊。帰国後音楽評論家としてイタリア・オペラを主とした公演批評、来日アーティストのインタヴューなどを「音楽の友」「GRAND OPERA」などの各誌に執筆するほか、来日アーティストのプログラム執筆やCDライナー・ノーツの翻訳、NHK BS〈クラシック倶楽部〉の歌詞字幕などを担当。平成30年度(2018)文化庁芸術祭賞審査委員。

2010年、東京都主催〈Music Weeks in Tokyo2010オープニング・シンポジウム〉(東京文化会館・小ホール)の司会を務めたほか、13年からはWOWOWのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演番組〈メトロポリタン・オペラ〉に解説者として出演、また番組監修も務めている。若手の育成や録音・コンサートのプロデューサーとして現役歌手のサポートにも積極的に取り組んでいる。共著に『オペラ・ハイライト25』(学研)。2017年3月、イタリア・オペラ58作品の「あらすじ」や「聴きどころ」を詳説した『イタリア・オペラ・ガイド』(発行フリースペース、発売星雲社, 2017)を出版。またNHKFM「オペラ・ファンタスティカ」でも案内役を務めている。

〈過去のブログ〉

オペラの世界11~「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(3)
オペラの世界10~「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(2)
オペラの世界9~「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(1)
オペラの世界8~どうすればオペラ歌手になれるのか
オペラの世界7~インタヴューで垣間見たアーティストの素顔(2) バルバラ・フリットリ
オペラの世界6~インタヴューで垣間見たアーティストの素顔(1)
オペラの世界5~「ベルカント」とは何でしょうか≪2≫~
オペラの世界4~「ベルカント」とは何でしょうか~
オペラの世界3~マエストロ ファビオ・ルイージ~
オペラの世界2~演奏家インタヴューの通訳~
オペラの世界1~アッバードとの稽古は「芸術を創り上げる喜びの時」でした~

イタリア文化会館
イタリア留学

 

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Filed under: オペラの世界 — イタリア文化会館東京 14:54

オペラの世界11「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(3)

Buongiorno a tutti!

好評連載中のオペラブログ、今回は第11弾をお届けします。
前回に引き続き、講演会の内容をお伝えします。今回は最終回《演出編》です。
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最終回《演出編》
演出家を刺激する演技力、表現力豊かなソプラノたち

このオペラには、ヒロインであるヴィオレッタが、パリの豪奢な館のセットの中で美しい衣裳を身にまとっているものが長く親しまれてきましたし、現在でもそういったものが多く作られています。しかし近年では、より「リアルな女性像」に焦点を合わせた《ラ・トラヴィアータ》もまた数多く生まれています。

フランスの演出家、ジャン=フランソワ・シヴァディエが、2011年のエクス・アン・プロヴァンス音楽祭で作った舞台は、ナタリー・デセイのために、いわば当て書きで作られたものです。(この舞台は映像化されて販売されていますし、「椿姫ができるまで」というドキュメンタリー映画にもなっています。)
2004年に、ヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場が火災焼失からの再建を祝ったシーズン初演目、こけら落とし公演におけるカナダの演出家ロバート・カーセンが作り上げた舞台もまた、パトリツィア・チョーフィありき、の舞台でした。(こちらも映像化されています。)
演技力に卓越しているプリマドンナは、演出家のアイデアをおおいに刺激するのでしょう。
たしかにこのふたりの舞台はどちらも、彼女たちのきめ細かな演技と繊細な感情表現による歌唱によって成立していました。しかしそれは同時に、こうした特定の歌手のための当て書きで作られた舞台が、キャストが変わった時に最初と同じ効果を生み出すかというと、なかなかそうはいきません。実際にカールセンの舞台もその後ヴェネツィアで何度か再演されていますし、シヴァディエの舞台もウィーン国立歌劇場などでも掛かっています。しかし、残念ながら初演のインパクトを超える公演はまだ生まれていません。デセイやチョーフィのケースのように、出演者の演技力に大きく頼る演出は、そうそう生き残れません。それは同時に、俳優としても通用するほどの演技力のあるオペラ歌手が、そう簡単には存在しないということの証左でもあるのです。
それと比較して2005年にザルツブルクで初演された、大きな時計を舞台に据えたウィリー・デッカーの舞台は世界中で再演されていますが、ヒロインによって、それぞれの持ち味を生かす舞台となっています。長く生き残る演出は、(言い方は悪いですが)誰がやっても一定の効果を生み出す、懐の広い演出と言えるかもしれません。


Natalie Dessay
ちなみに前述のデセイとチョーフィは、レッジェーロに近いリリコ・レッジェーロの声。ふたりともこの役の第2幕、第3幕では苦労しています。チョーフィが2006年この演出のヴィオレッタでフェニーチェ歌劇場の来日公演を行った時に彼女にインタヴューしたことがあります。そのときに彼女はまだ私が何も言っていないうちから開口一番こう言いました。「私の声がヴィオレッタに適していないのはわかっています」。
このふたりに共通するのは、それらしい声を中音域で作って出すという愚かなことをしない頭の良さと、演技と言葉のあしらいで声が足りない部分を補い切るだけの表現のテクニックを持ち合わせていることです。軽い声のソプラノが作り声で中音部を作って歌えば、そのときは良くても声帯を痛める危険性が大きくなり、その歌手人生自体を危うくします。実際にそうしてわずか数年のキャリアで潰れていったソプラノは多くいます。ヴィオレッタという役には、そうした難しさがあり、オペラ歌手が役を選ぶ難しさでもあるのです。
(講演ならびに再構成:河野典子)

〈河野典子プロフィール〉
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。1982〜89年在伊。帰国後音楽評論家としてイタリア・オペラを主とした公演批評、来日アーティストのインタヴューなどを「音楽の友」「GRAND OPERA」などの各誌に執筆するほか、来日アーティストのプログラム執筆やCDライナー・ノーツの翻訳、NHK BS〈クラシック倶楽部〉の歌詞字幕などを担当。平成30年度(2018)文化庁芸術祭賞審査委員。

2010年、東京都主催〈Music Weeks in Tokyo2010オープニング・シンポジウム〉(東京文化会館・小ホール)の司会を務めたほか、13年からはWOWOWのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演番組〈メトロポリタン・オペラ〉に解説者として出演、また番組監修も務めている。若手の育成や録音・コンサートのプロデューサーとして現役歌手のサポートにも積極的に取り組んでいる。共著に『オペラ・ハイライト25』(学研)。2017年3月、イタリア・オペラ58作品の「あらすじ」や「聴きどころ」を詳説した『イタリア・オペラ・ガイド』(発行フリースペース、発売星雲社, 2017)を出版。またNHKFM「オペラ・ファンタスティカ」でも案内役を務めている。

〈過去のブログ〉
オペラの世界10~「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(2)
オペラの世界9~「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(1)
オペラの世界8~どうすればオペラ歌手になれるのか
オペラの世界7~インタヴューで垣間見たアーティストの素顔(2) バルバラ・フリットリ
オペラの世界6~インタヴューで垣間見たアーティストの素顔(1)
オペラの世界5~「ベルカント」とは何でしょうか≪2≫~
オペラの世界4~「ベルカント」とは何でしょうか~
オペラの世界3~マエストロ ファビオ・ルイージ~
オペラの世界2~演奏家インタヴューの通訳~
オペラの世界1~アッバードとの稽古は「芸術を創り上げる喜びの時」でした~

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オペラの世界10 「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(2)

Buongiorno a tutti!

今日は好評連載中のオペラブログ第10弾をお送りします。
日本ヴェルディ協会主催の「名作シリーズ」講演会の第1回として、2017年2月17日、文京シビックスカイホールで講演会を行い、ヴィオレッタとジェルモンに焦点を当ててお話をしました。講演会では実際の映像を多く使い、それぞれの違いを観て、聴いていただきましたが、講演会の内容を《ヴィオレッタ編》と《ジェルモン編》、そして《演出編》に再構成してお送りします。今日はジェルモンに関するお話です。
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《ジェルモン編》
この作品で最も大事なシーンはヴィオレッタとジェルモンの二重唱

アルフレードの父ジェルモンとヴィオレッタの第2幕の二重唱は、この幕の前半のほとんどを占める長いシーンです。アルフレードは小説では24歳で、戯曲でも20歳そこそこ、という設定です。息子と高級娼婦とを別れされるために現れた父親が、ヴィオレッタの弱点をうまく突きながら、ときには彼女の身の上に理解し同情を示すふりをしながら、上手にアルフレードとの別れを約束させます。ここが、この《ラ・トラヴィアータ》というオペラの中心部分でもあります。心理描写と会話だけで、特に事件が起こるわけでもないこのシーンのために、ヴェルディはこれだけの長い二重唱を書いているのです。ここはデュマ・フィス自身が書いた戯曲でも、多くのページを割いて描かれている核心部分なのです。

このふたりの心理的な駆け引きを歌で表現することは、簡単ではありません。つまり、ここが十全に表現できるかどうかが、そのソプラノがこの役に適しているか否かの試金石となりますし、ジェルモンも同様で、「どうだ、いい声だろう!?」といわんばかりに大声を張り上げるようなバリトンが歌っては、このオペラは台無しにされてしまいます。
ヴェルディは、初演版(1853年)の翌年、特にこの二重唱に相当手を入れて、それまでのいわば「芝居掛かった感情表現」を、「会話としてより自然なもの」になるように書き換えています。その結果、ジェルモンとヴィオレッタは、より自然な話し声の音域に終始することになりました。その分、言葉の言い方や声の色合い、演技などで、初演版よりも繊細に感情表現することが求められるようになったのです。

ヴェルディ・バリトン

ヴェルディの諸役は、どんな声種の役であれ「高音が決まってこそ」という作りをしています。これはイタリア・オペラに共通した性格でもあります。
ジェルモンには、有名なアリア「プロヴァンスの海と大地」があります。ちなみにこの、父が息子に故郷を思い出させようとするアリアとなっている(ヴィオレッタと対峙したときとは別人のような息子に甘い、親バカぶりが発揮される)部分は、戯曲には存在しませんし、小説でもこのように哀願するように息子を説得することはしません。ピアーヴェの台本による創作部分です。戯曲では、「自分を失ってショックを受けるであろうアルマン(=アルフレード)をどうか優しく慰めてあげてください」とマルグリット(=ヴィオレッタ)が言っています。ピアーヴェはそこを膨らませてバリトンの聴かせどころであるこのアリアを作った、といったところでしょうか。

ヴェルディ・バリトンは、バス・バリトンでは務まりません。テノールに近い「輝かしい声」で、かつ「音色に深み」もあり、「柔らかな声」であることが求められます。その上イタリア的な、走る伸びのある高音が決まらないことには務まりません。このような条件を満たすバリトンを指して、“ヴェルディ・バリトン”という特別な言い方が存在するのです。
では、高い声が決まればいいのだから、テノールが歌ったらさぞ楽だろうと思えば、さにあらず。テノールの声のままでバリトンの役も歌えるドミンゴも、近年この役を歌っていますが、バリトン役の高音は、テノールの声帯にとっては、通過音に過ぎません。言い換えれば、テノールにとって、大変中途半端なところで、その曲の最高音を決めなければいけない、ということが生じているので、彼としてもけっして楽に歌っているのではなさそうです。

ヴェルディの音楽では、長いフレーズ作りが求められます。たとえばこのアリアであれば、2小節ずつではなく、4小節ずつが表現における1つのグループとなり、息の流れの緊張感に至っては、曲の最初から最後まで一本のラインで繋がっていることが求められます。それがヴェルディらしい歌唱を生むとも言えます。しかし、以前インタヴューで名バリトンのレナート・ブルゾンさんに「最近、ヴェルディの歌唱スタイルが崩れてきていると思われませんか」と質問した時に、彼はこう答えました。「お前なぁ、我々がヴェルディのスタイルだと思っているものは、これまでの年月で積み重ねられた慣習でしかないんだよ。ヴェルディが生きていた時に生きていた人間は現存しないのだし、ヴェルディが自分のオペラを指揮した時の録音もない。ヴェルディらしさ、とは我々の想像でしかないのだよ。本当の正解は、誰にも知りようがないんだ」。確かにその通りです。ですが、聴いている側がツボにはまる歌い回しというもの、涙を誘うように心を鷲掴みするような歌唱が存在するのもまた事実で、そこに共通するスタイル感というものは、やはり存在しているのです。
  (講演・再構成:河野典子)


Renato Bruson

〈河野典子プロフィール〉
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。1982〜89年在伊。帰国後音楽評論家としてイタリア・オペラを主とした公演批評、来日アーティストのインタヴューなどを「音楽の友」「GRAND OPERA」などの各誌に執筆するほか、来日アーティストのプログラム執筆やCDライナー・ノーツの翻訳、NHK BS〈クラシック倶楽部〉の歌詞字幕などを担当。

2010年、東京都主催〈Music Weeks in Tokyo2010オープニング・シンポジウム〉(東京文化会館・小ホール)の司会を務めたほか、13年からはWOWOWのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演番組〈メトロポリタン・オペラ〉に解説者として出演、また番組監修も務めている。若手の育成や録音・コンサートのプロデューサーとして現役歌手のサポートにも積極的に取り組んでいる。共著に『オペラ・ハイライト25』(学研)。2017年3月、イタリア・オペラ58作品の「あらすじ」や「聴きどころ」を詳説した『イタリア・オペラ・ガイド』(発行フリースペース、発売星雲社, 2017)を出版。またNHKFM「オペラ・ファンタスティカ」でも案内役を務めている。

 
〈過去のブログ〉
オペラの世界9~「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(1)
オペラの世界8~どうすればオペラ歌手になれるのか
オペラの世界7~インタヴューで垣間見たアーティストの素顔(2) バルバラ・フリットリ
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Filed under: オペラの世界 — イタリア文化会館東京 17:30

オペラの世界9 「なぜ《ラ・トラヴィアータ》は世界中で愛されるのか」(1)

Buongiorno a tutti!

今日は好評連載中のオペラブログ第9弾をお送りします。
日本ヴェルディ協会主催の「名作シリーズ」講演会の第1回として、2017年2月17日、文京シビックスカイホールで講演会を行い、ヴィオレッタとジェルモンに焦点を当ててお話をしました。講演会では実際の映像を多く使い、それぞれの違いを観て、聴いていただきましたが、今回から3回にわけて、講演会の内容を《ヴィオレッタ編》と《ジェルモン編》、そして《演出編》に再構成してお送りします。今日はヒロイン、ヴィオレッタに関するお話です。
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《ヴィオレッタ編》
「歌う」ヴィオレッタと「演じる」ヴィオレッタ

第1幕におけるこのオペラで最も有名なアリアのひとつ、日本では『ああ、そはかの人か』という題名で親しまれてきたアリアでは、以前は舞台(や録音)でカットされてきた2番の歌詞で、ヴィオレッタの幼い頃からの「純愛への憧れ」が語られています。これが彼女がアルフレードとの純愛に大きく傾いていく布石となっています。
ヴィオレッタのモデルとなったマリー・デュプレシ(本名アルフォンシーヌ・プレシ)は、14歳でアル中の父親に体を売って稼いでくることを強制され、15歳には男の囲われ者になっていたと言われています。彼女は「そんな自分に相思相愛の男性が現れて、幸せになる夢が実現することはない」と、人生を諦めていたのです。

1980年代に私がミラノに留学していた頃には、このアリアについては「2番は歌われることはないから勉強しなくていい」とまで言われていました。これはイタリア人にとってのオペラというものが、少なくとも当時は、芝居としての完成度よりも声が優先されていたことを意味します。このあと「そんなバカなことを!」と我に返って自虐的に「私は楽しんで生きるのよ」と語るのが、これに続く華やかなカバレッタ『花から花へ』の部分になりますが、そこに歌手が余力を残しておく必要がありますし、同じメロディを2回繰り返して聴かせれることがイタリア人にとっては退屈であるのかもしれません。

 
カバレッタ「花から花へ」の最後の最高音「ミ♭」は、単なるおまけ
このヴィオレッタという役は、もとよりリリコのソプラノ(とても高い音を出したり、華やかなアジリタをコロコロと転がすことよりも、ト音記号の五線譜の中に収まる音域の音色が豊かな歌手)のために書かれています。ところが1950年代を中心に(実はオペラの舞台で本当に活躍したのは数年でしかない)天才マリア・カラスが、彼女独特の暗めの強い音色でこの役を見事に歌い演じ、かつ基本的には舞台でも最高音の「ミ♭」を決めていたことで、その後のーー特にスカラ座でのーーヴィオレッタ役のソプラノへの評価をとても厳しいものにしてきました。

イタリア人は、高音(ソプラノで言えば「シ」から「ド」のアクート、その上のソープラ・アクート)に対して、出るだけではなく、劇場を走るようなスピード感のある声を求めます。(アクートというイタリア語には「鋭い」とか「尖った」という意味があります。)長年、イタリアでこの役で成功するためには、この「ミ♭」が決まることが最優先されてきた感があり、普段であればルチーアなどを歌うリリコ・レッジェーロが、ヴィオレッタを数多く手掛けてきました。ところが、このオペラの第2幕以降は会話がほとんどで、高い音はあまりありません。その上第3幕でヴィオレッタは、死を前に弱っていくのですから華やかな技術を披露するシーンもありません。そのため第1幕のアリアが華やかに歌える歌手には、第2幕以降が難しい。しかし第2幕以降の心理表現に長けた歌手は、このカバレッタの最高音の存在ゆえに、この役を手がけることを躊躇してきました。
しかし近年、「楽譜どおりに演奏する」という考え方が主流となったことで、イタリアにおける、この最高音への「こだわり」もだんだん薄らいできました。実際に2017年ブッセートでのヴェルディ・フェスティヴァルでは、最後が楽譜どおり(1オクターヴ下の「シ♭」)で歌われています。

 
第3幕ではじめて出てくるLa Traviataという言葉
ちなみに第3幕は、ピアーヴェとヴェルディが、ヴェネツィアでの初演ということを意識したのか、あるいはモデルであるデュプレシの亡くなった2月初旬を意識してか、カーニヴァルの時期となっています。(デュマ・フィスが書いた戯曲での設定は、1月1日。)

第3幕でのヴィオレッタが、アルフレードが自分が生きている間に戻ってくることを待ち望むアリア『さようなら過ぎ去った日々よ』も以前は1番しか歌われませんでしたが、近年は2番まで歌われるケースが多くなってきました。ここの歌詞にもヴィオレッタの現実を見据えた深い絶望が描かれています。


La traviata spartito

 
喜びも苦しみももうすぐ終わりを迎えます。
お墓は生きとし生けるものすべての最後の場所。
涙も花も私のお墓に供えられることはないでしょう。
私のこの骨ばかりになった亡骸を覆うための
私の名を彫った十字架が立てられることすらないのね。
ああ、どうか「道を踏み外した女la traviata」の願いに微笑みを。
彼女をお赦しください、彼女をどうか受け入れてください、神様。
ああ、すべて終わってしまったのだわ。
(拙訳)

 
彼女のまるで辞世の句のようなこのアリアにだけ「ラ・トラヴィアータ」という単語が使われているのは、象徴的です。この単語を発するのが、ヴィオレッタ自身であること、オペラの大詰めで初めて語られることから、このアリアのこの作品全体における重要性、そしてこのオペラが、このひとりの薄幸の女性の生き様を描いた、ヴェルディには数少ないプリマドンナ・オペラであることの証左でもあるのです。
(講演・再構成:河野典子)

〈河野典子プロフィール〉
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。1982〜89年在伊。帰国後音楽評論家としてイタリア・オペラを主とした公演批評、来日アーティストのインタヴューなどを「音楽の友」「GRAND OPERA」などの各誌に執筆するほか、来日アーティストのプログラム執筆やCDライナー・ノーツの翻訳、NHK BS〈クラシック倶楽部〉の歌詞字幕などを担当。

2010年、東京都主催〈Music Weeks in Tokyo2010オープニング・シンポジウム〉(東京文化会館・小ホール)の司会を務めたほか、13年からはWOWOWのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演番組〈メトロポリタン・オペラ〉に解説者として出演、また番組監修も務めている。若手の育成や録音・コンサートのプロデューサーとして現役歌手のサポートにも積極的に取り組んでいる。共著に『オペラ・ハイライト25』(学研)。2017年3月、イタリア・オペラ58作品の「あらすじ」や「聴きどころ」を詳説した『イタリア・オペラ・ガイド』(発行フリースペース、発売星雲社, 2017)を出版。またNHKFM「オペラ・ファンタスティカ」でも案内役を務めている。

 
〈過去のブログ〉
オペラの世界8~どうすればオペラ歌手になれるのか
オペラの世界7~インタヴューで垣間見たアーティストの素顔(2) バルバラ・フリットリ
オペラの世界6~インタヴューで垣間見たアーティストの素顔(1)
オペラの世界5~「ベルカント」とは何でしょうか≪2≫~
オペラの世界4~「ベルカント」とは何でしょうか~
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オペラの世界8「どうすればオペラ歌手になれるのか」

Buongiorno a tutti!

今日は好評連載中のオペラブログ第8弾をお送りします。
Buona lettura!
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プロのオペラ歌手とは
オペラ歌手の第一線での活動期間というのは、他の楽器や指揮者と比べ、けっして長いとは言えません。それは声という楽器が体の中にある宿命なのです。
まず、本格的な声楽の訓練が始められるのは、変声期が完全に終わってからになります。女声は出産を経て、声域や声質に変化を起こすことがありますし、その後いわゆる更年期と呼ばれる年代に差し掛かると、男女とも声帯にそれまであった柔軟性がなくなるなどの変化が起き始めますので、若い時とは異なる声の使い方やレパートリー選択を工夫する必要に迫られます。声は、年齢とともに重くなる傾向にあるものの、だからといって行き過ぎた、ドラマティックすぎるレパートリー選択をすれば、声を潰すことに直結することにもなりかねません。この年代は人間的な成熟にともない豊かな表現ができるようになる頃でもあるので、歌手にはこの身体の変わり目を是非上手に越してほしいものです。

ただし、それができるのは、しっかりとした歌唱テクニックで、そこに至るまでも自分にあったレパートリー選択をしてきた歌手たち。今で言えば、70歳を過ぎても歌えるマリエッラ・デヴィーア、レオ・ヌッチ、バリトンの主役まで歌いこなすプラシド・ドミンゴなどが挙げられます。しかし現在は世界的に、まともなテクニックを身につけていない歌手の比率が高く、そんな年代まで声が持たないし、元よりそんなに長く歌っていく気もない、という歌手が増えています。円熟した大人の表現の出来る歌手が少なくなっていることは、オペラファンにとって寂しい限りです。

日本と欧米の声楽教育の違い
ヨーロッパの多くの国には、コンセルヴァトワール、コンセルヴァトーリオと呼ばれる音楽の専門学校があり、そこには幼い年齢から学校と並行して通うことができます。将来声楽家を目指すとしても彼らはまずそこで他の楽器を学びながら、音楽的な表現力や基礎的な素養を身につけていきます。(そうした環境により、ヨーロッパの歌手には、歌手の勉強と同時に大学で文学部や法学部あるいは理系の学部を卒業して、学位を持つ歌手が数多く存在するのです。)

そこからコンクールに優勝する、オーディションに合格するなどして、晴れてプロのオペラ歌手としての活動を始めます。欧米の歌手のデビューは、男女とも高声ほど20代前半が主流。欧米における歌手マーケットが、スカウトするのは(バスなどの成長に時間のかかる一部の声種以外は)その世代が中心で、コンクールなども30歳ぐらいまでが対象になります。大学院まで声楽を学んだ日本の歌手は、その時点で遅いスタートというハンディを背負っていることになります。
では、その中で頭角を現していくには何が必要なのでしょう。

日本人ならではの音楽性とソルフェージュ力
歌手の歌唱レヴェルがヨーロッパ出身の歌手と同程度ならば、残念ながら歌劇場は、ヨーロッパ出身の歌手を採用します。オペラの舞台では、東洋人の顔が入る違和感が否めないからです。こればかりは、異国の文化であるオペラをやる以上仕方がありません。

では、その中でも採用されるためには何が必要か。声の馬力では、残念ながら勝てません。逆にソルフェージュがきちんと出来て、読譜も簡単ではない新作オペラにも取り組める。しなやかで繊細な音楽性がある。日本人に多いレッジェーロ系の声で超高音がいつでも安定して歌えるetc. が、我々の「メリット」になります。言い換えれば、誰でも歌えるレパートリーだけでは、なかなか門戸はこじ開けられません。特に最近のように柔らかな声より、東欧の強い声が主流になっている時代ではなおさらです。かと言って、東欧圏の歌手の真似をしたところで、ほんの数年で声を失くすのがいいところです。

日本の声楽教育の弱点と現状
日本で大学院まで出ても、歌手にレパートリーがほとんど出来ていない、というのは、プロ歌手を目指す上で、海外の若手と同じまな板の上に乗ることさえできないことを意味します。いくらアリアが上手に歌えても、海外の劇場のオーディションでは「では、その前のレチタティーヴォからやってみて」とか「別の◯幕のシーンはできますか」と聞かれます。その時に「勉強したこともありません」「私はアリアしか歌えません」と言ったら、鼻で笑われて門前払いです。

若手も含めた海外の歌手のホームページをご覧いただくと、そこには必ず〈レパートリー〉のページがあります。そこに書かれているレパートリーとは、「この役だったら私はすぐにでも舞台で歌えます。だから仕事のチャンスがあれば私に連絡をください」というアピールなのです。残念なことに日本の大学院を修了した若手にレパートリーを尋ねて、いくつものタイトルを並べてきた場合、念のために「それは全曲歌えるのね?」と確かめると「いえ、アリアだけです」と平気な顔で答える人たちがまだ大勢いるのが実情です。 

中国、台湾、韓国などの声楽教育はついこの間までずっと日本より遅れていました。ところが私たちがそこにあぐらをかいているうちに、彼らは欧米の歌劇場のニーズを研究し、かつ国内の教育でそれなりにレパートリーを持たせた上で海外のオーディションに送り出すようになりました。
日本では留学=勉強ですが、彼らは欧米でブラッシュアップをしつつ、プロとして仕事をするために出て行きます。そして欧米の現場を踏んだ歌手たちが母国に戻って、そのノウハウを後進の学生に伝えているのですから、その情報はどんどんヴァージョンアップされ続けています。対して、海外で活躍する日本人の歌手は減少する一方。このまま行くと日本の劇場でも日本人の歌手の出番は減っていくばかり、という危機的状況が、実は目の前に迫っているのです。
(2018年1月19日「パオロ・ファナーレ&菅英三子リサイタル」プログラムに加筆・転載)

〈河野典子プロフィール〉
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。1982〜89年在伊。帰国後音楽評論家としてイタリア・オペラを主とした公演批評、来日アーティストのインタヴューなどを「音楽の友」「GRAND OPERA」などの各誌に執筆するほか、来日アーティストのプログラム執筆やCDライナー・ノーツの翻訳、NHK BS〈クラシック倶楽部〉の歌詞字幕などを担当。

2010年、東京都主催〈Music Weeks in Tokyo2010オープニング・シンポジウム〉(東京文化会館・小ホール)の司会を務めたほか、13年からはWOWOWのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演番組〈メトロポリタン・オペラ〉に解説者として出演、また番組監修も務めている。若手の育成や録音・コンサートのプロデューサーとして現役歌手のサポートにも積極的に取り組んでいる。共著に『オペラ・ハイライト25』(学研)。2017年3月、イタリア・オペラ58作品の「あらすじ」や「聴きどころ」を詳説した『イタリア・オペラ・ガイド』(発行フリースペース、発売星雲社, 2017)を出版。またNHKFM「オペラ・ファンタスティカ」でも案内役を務めている。

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