ローマ-東京間飛行 2人の若きイタリア人飛行家たちの「夢」

Buongiorno a tutti!

今からちょうど100年前。

ライト兄弟による初飛行からわずか17年後、ローマから東京までを飛び、世界で初めて欧亜連絡飛行を成功させたイタリアの小型飛行機があったことをご存じでしょうか?

1920年5月31日、現在の代々木公園(当時の代々木練兵場)の地に、イタリア陸軍航空部隊の若き飛行家たち、25歳のアルトゥーロ・フェラリン中尉と24歳のグイド・マジエーロ中尉とが操縦する2機の複葉機、アルサンドSVA(ズヴァ)が着陸しました。彼らはそれぞれ機関工のジーノ・カッパンニーニ曹長とロベルト・マレット伍長とともにローマから東京にやって来たのです。代々木練兵場で彼らを待っていたのは、原敬首相や日本の航空・陸軍関係者を含む、およそ20万もの人々。大正デモクラシー真っ只中であった日本は、叙勲や貞明皇后との面会をはじめ、この国際親善飛行を盛大にもてなしました。

この「ローマ-東京間飛行」を計画したのは、あのガブリエーレ・ダヌンツィオでした。1918年に約1,000kmのウィーン上空飛行を成功させた彼は、第一次世界大戦中、イタリア軍に志願入隊していた詩人の下井春吉と知り合い、この飛行計画を持ちかけます。結局ダヌンツィオと下井は参加を辞退することになりましたが、代わりにダヌンツィオにより選ばれた11人のパイロットと11人の機械工からなる編隊が組まれたのです。約18,000kmという埒外な規模の航路ゆえ、莫大な国家予算を費やして補給地点などが随所に整備されました。まさに前代未聞の計画です。

結果、予備機5機を含む11機のうち、最終目的地である東京に無事たどり着くことができたのは、わずか2機のみ。その他の機体は、故障や不時着などにより次々と脱落。中には墜落した地で捕虜となってしまう者もいました。

Ansaldo S.V.A. 複葉機

マジエーロらは道中のエンジントラブルにより、やむなく船での移動を挟みましたが、フェラリンとカッパンニーニは、約18,000キロに及ぶローマ-東京間の行路を、2週間という当時の計算を大幅に超える、約3ヶ月半もの時間をかけて飛行し、航空史に残る偉業を成し遂げたのです。

1929年に出版されたフェラリンの自伝「世界の飛行(Voli per il mondo)」の中に、フェラリンらが貞明皇后に謁見した際の記述があります。

(以下、「イタリア空軍国防省発行 隔月刊誌 “Rivista Aeronautica” 2020 年 1-2 月号 日本語訳」より引用)

『その後、皇后は、私達がローマを出発した日から 13 歳以下の年齢のすべての学校の生徒に ローマ東京間飛行をテーマにして具象画、象徴画、寓意画など、彼らなりの解釈で絵を描くよう にという課題を出し、その中から学校で一番優れた作品を集めて 2 冊のアルバムを作り、そのアルバムをイタリア王妃に贈呈したいので、私達に託すつもりだとお話しされました。』

長年にわたり「ローマ-東京間飛行」について研究している、フィレンツェ在住の画家・造形作家の道原聡氏が、この記述に気づいて調査をはじめました。その結果、当時の日本の小学生らの作品が集められた2冊の「記念帖」が、現在もイタリアで保管されていることを、それぞれ2017年、2019年に発見したのです。

道原氏は、「このローマ東京間飛行の 3 年後の 1923 年には関東大震災があり、さらに 25 年後の第二次世界大戦中のアメリカ軍による東京大空襲により、東京の大部分が灰燼に帰してしまったことを考えるなら、この記念帖がイタリアに残っていることは非常に貴重である」と述べています。

今回、フェラリンらが東京に到着して丁度100年となる5月31日(日)午前0時より、道原氏の監修により製作された動画「2冊の記念帖 – 東京の小学生が見た1920年のローマ東京間飛行」(7分25秒)を配信しています。当時の写真や映像を見ながら、命の危険を顧みず、遥か日本の地にまでたどり着いた若き飛行家たちに思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

詳細はこちら:

道原 聡 Satoshi Dobara
1959年広島市生まれ。京都市立芸術大学卒業。1986年、イタリア政府給費留学生として国立フィレンツェ・アカデミア美術大学に入学し、1991年に同校卒業。現在もフィレンツェに在住し創作活動をしている。1920年の「ローマ-東京間飛行」に着想を得た作品も制作している。
www.satoshi-dobara.com

<参考>
道原聡氏ブログ
http://www.satoshi-dobara.com/blog-post08.html
http://www.satoshi-dobara.com/blog-post09.html

イタリア空軍国防省発行 隔月刊誌 “Rivista Aeronautica” 2020 年 1-2 月号 日本語訳
http://www.satoshi-dobara.com/style/images/art/_blog/2020/japanese.pdf

GQ「100年後の浪漫飛行──アルトゥーロ・フェラリンを偲んで」https://www.gqjapan.jp/culture/column/20170609/raid_aereo_roma_tokio

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:アルトゥーロ・フェラーリンhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3https://www.gqjapan.jp/culture/column/20170609/raid_aereo_roma_tokio

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:ガブリエーレ・ダヌンツィオhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%8C%E3%83%B3%E3%83%84%E3%82%A3%E3%82%AA

Wikipedia, l’enciclopedia libera.:Raid Roma-Tokyo
https://it.wikipedia.org/wiki/Raid_Roma-Tokyo

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Filed under: Staff Blog — イタリア文化会館東京 13:30
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